Miles Davisを聴きながら鉛筆を削っている。
私はこの時間が結構好きだ。
武士が戦の前日、刀の手入れをしているのと同じ・・・なんて言うと、カッコつけすぎだと笑われる。
木の部分を削りながら、芯の長さを想像する。
三菱鉛筆の木は比較的硬い。
それに対し、ドイツのSTAEDTLERの木は柔らかい。
ところが、芯はその真逆だ。
同じ2Hでも、STAEDTLERの芯は硬く、描く時にも三菱のそれとは全く違う。
いずれにせよ、明日のデッサンに備えて、気持ちを空っぽにして芯を研ぎ澄ませている時間は楽しい。
それを12本繰り返す。
昨日は、A医大での初診があった。
久しぶりに訪れるその病院は、私の記憶を簡単に裏切った。
一昨年に建替えられたらしい。
以前の、だだっ広いフロアからすると、幾分コンパクトになり、その分、上に伸びたようだ。
土地の起伏を利用し、1階のロビーで受付のあとは、地下2層にある各々の診療科に行くという以前の構造も美的であり私は好きだった。
ただ、システムは相当改善されており、NAVITなる端末を持たされ、各診療科、検査科、最後の精算に至るまでその端末がキーとなる。
この病院のシステムは以前からF通だったが、今でもそのようだ。
残念ながら、今の段階でこのNAVITは開発者の狙い通りに100%機能しているとは言い難い。
まだまだ、患者の名前を大きな声で呼んだり、プリントアウトに手書きを加えたりしなければ、病院として機能しないのだ。それはそれで良いと思う。
しかし、結果として病院としてのスピード化には目を見張るものがあった。
元々13時半の予定が、病院からの連絡で早まり私が病院に到着したのは12時少し前。
初詣以来好調な腰が有難い。
予定していた妻の同行も不要となり、車を駐車してからの歩行も何ら問題ない。
総合受付しNAVITを受け取ると、3階の整形受付に向かうよう指示が表示されている。
整形の診察も待ち時間が殆どなく待ってましたとばかり開始される。
今までの経緯を話しながらも、ドクターは完全に手術モード。
「ここ二日ばかり好調なんです」と言っても、不敵な笑いをするだけだ。
「で、手術、いつにしましょう?」
「妻が旅行で12日から18日まで不在なんですが・・・・」と言うと
「じゃあ、その間にしちゃいましょうか!?」
「え?」
「だって、完全看護だし、命に関わる手術でも無いですしね!?」
と軽く言う。
「ま、そうですけど・・・・ね?」
「要は、痛みをできるだけ早く取り除いた方が良くないです?」
「そりゃ、そうですよね」
ということで、家族の都合云々は二の次という事で考えようという事になった。
「ただ、この後の検査結果次第で手術できない・・・ということも有り得る訳ですから」
ということで、検査が始まった。
検尿、採血、心電図、フロアが変わりレントゲン、CT。
どこも殆ど待ち時間なしで検査できたことは奇跡のようだ。手術前検査は生まれて初めてだが、検査と言えばやたら待たされるというイメージがつきまとう。「退屈しのぎ」を色々揃えてきたが全く出番がない。それどころか、まるで追い立てられるようである。
おまけに、NAVITの運用が完全には機能していない為に、行く先々でプリントアウトが増え、次に移る際に忘れ物をしていないか不安になってしまう。
最後の検査を終え、整形外科に戻るとドクターが待ち構えていた。
途中で休憩も出来ないのか?
検査結果は良好。
18日入院、19日手術という事が決まった。
若干の迷いを見せた私に
「誰も好き好んで手術したいなんて思いませんもんね?手術が好きなのは医者ぐらいなもんですよ!」
と、また不敵な笑い。
予め私の職業を知っているドクターは
、「分かるでしょ?手術は作品みたいなもんなんです。エンジニアの方と一緒なんですよ!」
なかなか、こいつとは馬が合うのかもしれないぞ。
術後の替えの為にオーダーのコルセットを製作することを勧められ、その部屋に行く。
お腹周りにサランラップを幾重にも巻き付け、その上から溶かした石膏に浸したガーゼを何枚も巻き付け型を取る。石膏が固まる時の熱でお腹が温かい。逆に、固まった後、その石膏を取り除くと、お腹がスーっと涼しくなる。
このオーダーのコスセットも保険がきくので費用の7割は戻るらしい。
その後は、もう一度画像検査に行けという。
クリニックから持参したMRI画像は昨年7月の物なので、撮り直しましょう!だって。
そう言われればさっきはMRIは無かった。
最初から言えよ!
ところが、ここのMRIはやたら時間がかかった。
去年の7月に撮影した時の何倍もの時間がかかっている。
これは、ここの機械が余程旧式で遅いのか、あるいは精度が高く、丁寧な検査をしているか、どちらかだ。
検査終了後、整形の受付で終了処理をし、駐車券を機械に通して本日完了。
NAVITには、当初「計算中・・・」と表示され、その後は「計算終わりました。精算して下さい」との指示。
自動精算機にNAVITをかざし、クレジットカードを挿入すれば、清算完了である。
気が付けば、夕方の4時を過ぎていた。
色々な場所に追い立てられながら行ったり来たり。疲れた一日だった。
さて、今日は妻を同行し、
・麻酔
・入院
・手術
についての詳細な説明を聞いた。
どうやら全身麻酔らしい。当然リスクもあるのだ。
麻酔は点滴から行うという事で、ブロック注射のような痛みは避けることができた。ホッ!
眠ってしまってから、人工呼吸の管を喉に入れたり、消化器から逆流する物を排出するための管を鼻から挿入したりするのだそうだ。
ちょっと胃カメラを思い出した。痛そう!
親の手術等に立ち会ったことがあるが、確かに手術直後には色んな管が入っている。それを見る度に痛々しい思いがしたものだが、それらはそういう意味があったのだと、初めて知った。
手術の日はICUで一泊らしい。
家族は時間限定ながら、ICUで面会できるらしいが、看護師曰く「ま、ご本人は意識がぼうっとして、『誰かが来たなぁ・・・』程度しかわからないですけどね」
おいおい!ドクターが軽く言っていたイメージとちょっと違わないか?
「全身麻酔ですから」だって!
麻酔の後は「入退院支援センター」に行くはずが、ドクターが今すぐ来てほしいとのこと。
「喫煙履歴があるということなので、血流の検査をして来て欲しいんです。足の痛みは動脈硬化から来ることも有りますので・・・」
う~ん・・・追加の多いヤツだな!
しかも動脈硬化となると、いささか自信もないのだが・・・・
検査は意外に長時間に及んだ。
両腕、両脚には血圧ベルトを、胸にはマイク、両手首に脈拍用のセンサー(恐らく)を装着する。
二回ほどの圧迫の後には、足の親指にも血圧ベルトを巻いて更に検査。
入退院支援センターには随分遅れてしまったが、部署間のネットワークは有機的に機能していて、逐一患者の動きは管理されているので、全く問題ない。やっぱり休憩はできないということだ。
入院は18日13時ということになった。
妻が「私は来れないので・・・・」と言うと
説明していた女性職員は少し怪訝そうに
「え?」
「実は旅行で・・・」
「海外?」
「え、まぁ・・」
「良いわね~っ!奥さんっ!で、どこに行かれるの?」
と女同士で盛り上がる。
ま、私は体調が良ければバスで、悪ければタクシーで入院すれば良いだけの話だ。
手術があるので、最初の一日はパジャマではなく、寝間着が必要とのこと。
パジャマも前開きのもの。
オムツやら、T字帯なる訳の分からん物・・・・ちょっとイヤ~な予感がするぞ!
PCの持ち込みは調査通り可能だ。
有線LANにも繋げる。ケーブルは1mでは足りないとのこと。OK!3mで良いかな?
さて、最後はドクターによる手術の説明。
全ての検査の結果、腰痛以外はすこぶる健康とのこと。
この一言が、今日一日で一番嬉しかった。
画像を前に、4番と5番の間が神経を圧迫しているとのことだ。
背中を4センチほど切るらしい。
「血は全く出ません!なので、輸血パックも用意してません」
4センチ切るのに・・・そういうものなん?
今は神経の通り道がボールペンの芯一本分ほどしか無いのを、背骨の関節の骨を削ることで、人差し指一本程度に広げるのだと言う。
「痛みは取れます。しかし、しびれは残る可能性があります」
そうか・・・でも痛みが無くなれば歩くことはできる。はっきり言って貰っておいた方が良い。
手術の翌々日には歩くのだそうだ。大丈夫か?
手術後一か月は安静が必要とも言われた。
この「安静」が曲者だ。
勿論、寝ているだけの状態を指すのではない。
「歩いたり、座ったり」するのだそうだ。
「じゃあ、私の仕事は座ってするので、仕事はしても良いですか?」
「ダメです!」
あん?
その後、若干の禅問答になったが、最後にドクターはニタッと笑い「察してくださいよ!」
要はストレスを抱えるような事はするな、ということらしい。
だから、楽しんでする水彩画は問題ないし、楽しんでする「仕事」もOKなのだろう。
今日も4時間が経過していた。