2013年7月22日月曜日

牛歩のごとく

「天使と悪魔(原題:Angels & Demons)を読み始めて何日経ったろう?
その間に「古事記」を読み終えたりしていたので、スタートも遅れた、と言えば遅れたのだが・・・・言い訳です。

単語が素早く検索できればスイスイ!と思いこんでいた私は実に愚かでありました。
殆ど、長文読解能力は消去していたのです。
単語が分っても、意味不明!
単語が簡単な程、その傾向は強いと思われる。
文節を一見し「な~んだ、楽勝じゃん!」とばかり読み進めると・・・・えっ?なに?と直ぐに壁にぶつかるのであります。

若い頃は、特に大学受験の頃にゃ「原仙の英票」(懐かしいなぁ!)だって殆ど完璧だったんだけどな~・・・
今思えば日本語に訳しても意味不明な哲学書や英文学の難しい部分だけを抽出したような参考書を読解していたと言うのに・・・それに比べたら「天使と悪魔」などエンタテインメント。

のっけから殺人シーンで始まり、その死体写真が主人公(多分、トム・ハンクス?)の自宅にファクシミリで送られるという、凄惨な書き出しであるにも関わらず、私の牛歩の如き読解力では、そのサスペンス感は全く伝わって来ないのである。
作者の Dan Brown に謝らねば・・・・

諦めてはいません。
毎日挑戦は続いています。
しかし、全体の進捗はようやく3%とか。(Kindleは頁番号は分らないので)
あと97%頑張らねば。
辞書だけでは頼りなく、最近はスマホの「翻訳機能」やらネットの「weblio」の力を借りているおかげか、少しずつスピードも速くなっている感じ。

PROLOGUEの中で
"What do you want ?" という問いに対して
"La chiave"
というやり取りが遭った時には、正直言って小躍りしちゃった。
こないだ習ったばかりのイタリア語だったから。

還暦の手習いパート1、パート2。大変だけど楽しんで勉強している。

 

2013年7月12日金曜日

新たな電子書籍活用法

私がKindleを使って電子書籍を読んでいる事は、以前にもこのブログで書いた。
今日は、このkindleで新しい使い方を始めたので、書き留めておこうと思う。

それは「原書で読む」である。
今まで、外国語の本を読むなどという事は、私には全く無縁な事だった。
ところが、昨日、インターネットを斜め読みしていて「電子書籍で英語の本が読み易くなった」という記事に出くわしたのだ。
その時は「ふ~ん」程度だったのだが、その後「これはひょっとして面白いかも?」と思い直した次第だ。

確かに、紙の本を読んで、その都度紙の辞書を検索するということは、私の語彙力からして考えられない煩雑な行為であり、本来の目的である読書は遅々として進まず、従って外国語の書籍を読むと言う行為は私の人生で有り得ない行為だと思っていた。

しかし、分らない語句を指定すれば自動的に辞書が開いて、その意味・読みを教えてくれる、という機能は現時点でもKindleで日本語書籍を読む際には、大いに助かっているではないか。
尤も、日本語ですら難しい語句は、今まで大半曖昧なまま放っておいたわけだから、私の教養などという物は推して知るべしなのだが・・・・
ところが、Kindleにしてからというもの、少しでも分らない言葉に出くわせば即座に辞書を開く。
(その言葉を覚えるかどうかは別問題として)
その間約1秒なのだから使わない手は無いのだ。

それが単に外国語になっただけ、と思えば良いのだ。
調べてみると私の Kindle Paper White には「プログレッシブ英和中辞典」と「New Oxford American Dictionary」が内臓されている。
恐らく 「New Oxford American Dictionary」は英英辞典なので、使われることは無いだろう。
要は「プログレッシブ英和中辞典」がどの程度使い物になるか?だ。

よ~し!やってみるしかない!!
何を読もうか?
絶対に途中で飽きない物が良いに決まっている。
熟慮の結果、ダン・ブラウンの小説「天使と悪魔」にしてみることにした。
「ダビンチ・コード」の前に書かれたヤツだ(映画では逆になってしまったようだが)。
「天使と悪魔」は読んだ事は無いけど、「ダビンチ・コード」は読んで実に面白かった。
それなら、これだって面白いに違いない。
何たってローマが、バチカンが舞台であることが嬉しい。

今日の昼休みに初めて読み始めた。
おー!のっけから分らない単語が・・・・・でもこの辞書機能は使えるぞ!
あっと言う間に意味を教えてくれる。
これなら、スムースに読み進められそうじゃないですか?
ははは!一行に5~6回は辞書を呼び出しているぞっ!なんというプアな語彙力!
しかし、読み進めるうちにその頻度は下がって行った。
何故なら、同じ小説の中では同じ単語が使われている確率は高いからだろう。
最初のうちは同じ単語を何度も調べていたのだが、老化と猛暑でイカレてしまった頭脳でも、さすがに回数重ねれば覚えていくものらしい。

私は思った・・・・努力が挫折することの最大の要因は「面倒臭さ」だと。

難を言わせてもらえれば、熟語は自分で調べないといけないことである。
つまり Take を選択して辞書を呼び出せるが、Take off と2語を選択することができないのだ。
結果、Takeで呼び出した辞書の中で Take off を探すという、従来の辞書と同じ使い方をしなくてはならない。
まぁ、仕方ないと言えば仕方ないが、熟語検索はもっと機能アップしてもらいたい!
ひょっとして別の英和辞典を購入すれば、このような機能をもサポートしているのか?

しかし、若干の不満を差し引いても、この便利さは特筆に値する。
これなら、原書へのハードルはとても低くなるだろう。
「天使と悪魔」が何カ月かかって読破できるか分らないが、その時には英語の読解力も少なからず向上していることが期待できるかも知れない。
調べてはいないが、電子書籍に「読み上げ機能」が有るものもあるらしい。
それが機能すれば、ヒヤリングのエクササイズにもなるのかなぁ?

そう言えば、梅原猛著「古事記」も読みかけだったっけ。
これを早いとこ読んでしまわなければ・・・・
イタリア語の勉強もサボるわけにもいかないし、忙しい忙しい!

何れはイタリア語の原書にも挑戦したいものである・・・・その時には何を読もうか?
イタリア人作家って、そう言えば誰も知らなかったりして・・・・ ?

2013年6月30日日曜日

ウィンブルドン

若い人達は知らないだろうが、かつてヨーロッパに行く時には、南周りを除いて全てアンカレッジ経由だった。

パリへの新婚旅行に向かう私達もアンカレッジで旅情を楽しんでいた。
そこに現れたのは見慣れた顔だった。
それはスウェーデンの貴公子ともスウェーデンの鉄仮面とも言われたボルグ。
妻は興奮してボルグの洋服に触りながら「ボルグ…!」と呼びかけてはみたものの、やはりボルグは鉄仮面だった。

そう、その頃はブームと言われるほどテニスが盛り上がっていたのだ。
今のようにサッカーが盛り上がっているわけでもなく、WBCが有るわけでもなく、国際的なスポーツと言えばオリンピックとウィンブルドンだった。

憎らしいほど沈着冷静なボルグ、やんちゃ坊主のマッケンロー、粘り腰のコナーズ。
いつもこの三人がコートの主役だった。
誰もが彼等に憧れてラケットを握ったもので、かく言う私もその最後尾を追いかけていたものだ。
だから毎年この時分には寝不足で出勤せざるを得なかったのだが、上司も御同類
と見えて目を真っ赤にしている。
敢えてテニスの話題は昼休みの楽しみにとっておいたものだった。

いつの間にか、彼等がコートを去り、私も体力の衰えと共に、コートからそしてウィンブルドンから遠ざかってしまった。

しかし、今年のウィンブルドンは違う。
錦織圭君の活躍ぶりは、かつてのテニスボーイを興奮させるに充分だ。
あの頃のウィンブルドンのコートには、日本人は、少なくとも日本人男子はいなかったのだ。
それが11位というランキングを引っさげて堂々たる試合ぶりなのだから興奮しない訳がない。

今日は初の四回戦を目指してイタリアのSeppiとの対戦。
イーブンで迎えた第3セットはタイブレイク。
厳しい応酬です。
簡単には勝たせて貰えませんね~

おー!
ようやく錦織君が制しました。
これでゲームカウント 2ー1。

さあ、結果はどうなるでしょうか?
ぼちぼち、休みます。

伊達さんも頑張れ!

⇒ 二人とも残念でしたね。でも久々にテニスでエキサイトさせてくれて有難う!

2013年6月29日土曜日

遠回り

先月亡くなった叔母の忌明け法要に参列するため、静岡県磐田市にやって来た。
この地域に親戚が多く、最近になり仏事が増えつつある私は、同市内にある妻の実家に泊まることが多い。
一人暮らしをしている義母の様子を見る為でもある。

実家は東名高速の浜松インターを降りれば直ぐの所なのだが、今日は少しばかり遠回りをすることにした。
何ヶ月か前にできた新東名高速を走るためである。
新東名は相当北を走っている。
この新しい道路の沿線には全く既知の人も居なければ、用事もなぃ。御殿場より東を目指すのでなければ、メリットもなさそうなので、いささか強引に今回の計画を思い立った。
浜北インターを降りて南下すれば磐田には行ける。

三ヶ日ジャンクションから北に折れて進む道は将来、奥三河を通って信州飯田へと向かう『三遠南信道路』になるのだろう。

走るうちに、車は方向を大きく西に向け始めた。
これでは名古屋に戻ってしまう。
「そんな筈はない」とは思いつつ不安な気持ちも膨らむ。
そのうち南下を始めた。
ようやく合点がいった。
右に90度曲がる為に、左に270度回転させるという寸法だ。
これでようやく新東名高速の本線に入ったことになる。

道路は片側三車線で気持ち良い。
トンネルを抜ければ浜松サービスエリアだ。
建物は予めネットで見ていたように、外壁にピアノの鍵盤をモチーフにしたデザインが施されている。
いや、しかし待てよ…どうも変だ。
何度見返しても、本物の鍵盤とは配列が異なる。
これではピアノは弾けないべ?
このサービスエリアは『楽器の街』浜松をアピールしている筈なのに、これで良いのかな~?
ふと、視線を回してみると、大きな山の峰に何台かの風車が威風堂々と建って回転している。案外、身近な所で風力発電が進んでいる。
建物の中は、大きなワンフロアにお土産物売り場とフードコートが周囲に配置されている。
さすが、浜松餃子のお店もあるが、あまり美味しいという印象のない私は、隣にあった『中華の鉄人』陳さんのお店で担々麺を頼み、もう一つは『若鶏の三和』で親子丼を頼んだ。
担々麺980円は残念!
これでは陳さんの名前に傷つかないだろうか?
近所にある四川料理のお店や、名古屋『錦城』の方が格段に美味しいと思うのだが…
三和の親子丼は、『名古屋コーチン』を謳うだけあって、鶏肉の旨味を充分に味わえる。値段も880円と普通だし、さほど期待していなかっただけに、大満足の親子丼だった。
浜松で名古屋コーチンも正直どうかと思うが、お勧めかも…
そんなこんなで、いつもは一時間余りで到着する妻の実家に 着いたのは、家を出てから三時間後だった。

案の定、義母は相当待ちわびたようだ。

2013年6月28日金曜日

植物ってすごい

今朝、会社に来て驚きのニュースが飛び込んできた。
な、な、なんと!あの「Nドライブ」が11月30日でサービスを終了するという。
Nドライブのサイトに行っても、「サービスを終了いたします」としか書かれていない。
不親切だな!理由ぐらい書いといて!
あ~、それにしてもショック!
このブログにも登場しているように、私の生活では今や欠かせない存在になっているというのに・・・・まぁ、無料サービスなので、突然サービス終了と言われても文句は言えないが。
私の周囲にいる同ユーザーも一様にショックを隠せないでいる。
30GBの無料クラウドサービスなんて、そうそう有るもんじゃない。
11月末までに、善後策を考えるとしよう。

今日は「植物」の事を・・・
今月16日NHKラジオ第二放送で放送された「日曜カルチャー【植物って、すごい!(3)】」をようやく昨夜聴く事ができた。
私は Radika というPCソフトで、気に入ったラジオ番組を録音し、音声ファイルをくだんのNドライブ上に置いて後日いろいろな場所で聴いている。
最近はイタリア語学習の為に時間が圧迫されて、それらをなかなか聴く事ができないでいたが、昨日は一区切りついたことで、自分への御褒美としてこのラジオ番組を聴くことにした。

講師は甲南大学理工学部教授の田中修先生。
実は、私は以前からこの先生の隠れファンなのだ。
というのも、 このセンセ、毎年夏休みの頃になると始まるNHKラジオ第一放送「夏休み子供科学電話相談」の植物分野での回答教師をずっとされており、私はこの名調子が大好きなのだ。
この番組のファンは私の周囲でも結構多い。
子供と回答教師のなかなか噛み合わない感じ、それでも必死に分って貰おうと努力している先生方、分ろうとする子供、明らかに途中で投げ出してる感の漂う子供・・・世代を越えたこの人間模様がたまらなく面白いのだ。
大体の子供、最初はとても元気に質問をするのだ。
しかし、先生が説明をし始めると、徐々にトーンが下がって来る。それは先生が途中で投げかける「分るかな?XXちゃん!」という問いに対する応答で想像がつく。
最後の「分ったぁ?」という問いに対して、多くの子供は殆ど消え入りそうな声で「・・・うん・・・」と答えるのだ。
きっと、この遣り取りを一番楽しんでいるのは、私の様な大人なのだろう。
その中でも、植物の話題になると、あくまでも辛抱強く、優しい関西弁で語りかけるのがこの田中修先生なのだ。先生の話には子供達に対する愛、植物に対する愛を非常に感じる。

私は理科の中では、生物系とりわけ植物系は大の苦手だった。
ところが、田中先生の話を聞いていると、植物にも興味が湧いてくるから不思議だ。
昨夜聴いた話も、副題として「植物の生き方に学ぶ」とあるくらいで、植物の持つ「生き抜くための賢さ、逞しさ、したたかさ、粘り強さ」がテーマであり、決して一元的に植物の生態を講義している訳ではない。
つくづく、こういうのが文化だなぁ~って思う。
毎日こんな話を聞いていたいと思う。

内容はとても私の筆で書き著すことなどできないが、特に印象に残った事だけを・・・
「植物は最良のタイミングを見計らって行動する」ということだ。
例を上げると「発芽」。
植物が発芽する条件として
①水分
②適切な温度
③酸素
が必要とされているが、実際には大半の植物にとっては発芽した後の光合成の為に
④光
も必要だ。
そして、これら条件が整わない限り決して発芽しないのだそうだ。
植物は発芽しないで、条件が整うまでじっと待つのだという。

知っている人は知っているのだろうが、20世紀にツタンカーメンの副葬品としてエンドウ豆が発見された。そしてこれを発芽させることに成功し、それが今では「ツタンカーメンのエンドウ豆」として流通しているとのこと。
つまり、私達は古代エジプト人が口にしたものと同じエンドウ豆を食べることができるのだ。
その事に大いなるロマンを感じると同時に、3500年という途方も無く長い時間を、エンドウ豆がじっと待っていたということに、私は強い感動をおぼえた。
セミも偉いけど、エンドウ豆はもっと偉い!
耐えて、耐えて・・・・条件が整えば一気呵成!
これは、殆ど生き方かも?
そして、子孫を残す事への執念だ。

日本にも弥生時代の蓮の種子を発芽させた「古代ハス」があるとのこと。
ハスの種子は、蜂の巣に似ているらしく(私は全く知らなかったが)、「ハチノス」→「ハス」になった、という小ネタもご披露してくれていた。

種子が季節を把握している事、光を認識している事、温度を監視している事・・・それらを実験結果も交えて説明してくれた。
私の説明では誠に心もとないが、ご興味がお有りの方にはぜひ先生のお話を聞くことお勧めしたい。

一貫して感じたのは、生き抜くことへのチカラ、そして子孫を残すことへの執念だ。
人間も、とりわけ日本人も、かくありたいと思う。

それにしても、Nドライブどうしよう・・・?

2013年6月27日木曜日

遅咲きの活躍ぶり

今日の昼休みで「NHKまいにちイタリア語4 月」を終えた。

え~と・・・始めてから何日経ったのかな?
こういう時にブログを書いておくと便利だ。
お~っ!始めたのが19日・・・・というこ とは9日間かかったということだ。
まぁ、まぁですね。 特に早いということもないでしょう。
というのも、カリキュラムは月曜日から水曜 日までが基礎編で、木曜日と金曜日は応用編 になっているみたいなのだ。(みたい、とい うのは実際にラジオを聞いたことが無いから 分らない)
その「応用編」に関しては、今のところ「学 習」の対象になっていない。
つまり「基礎編」3×4=12日間分を9日 でやった、というだけの話だ。

その「応用編」というのは「スクリーンが映 し出すイタリアの現在」と銘打って、現代イ タリア社会の問題点等を映画を通して紹介す るという内容である。
そこでは、今の若者達が抱えている様々な問題、社会の歪と共に、新しい言語表現に触れ ることができる。
日本でも日々、渋谷系の若者を中心として新 しい言葉が創られるが、イタリアでも事情は 同じなのか?
今日、イタリアの若者の失業率が40%以上 になっており、政府はその為の財政出動を決 めたとのニュースが入って来た。これは相当 に深刻な問題だ。経緯を見守りたいと思う。

しかし、この応用編、始めて8日間という超初心者には取付く島すら無い状態で、今は黙 ~って聴いているだけの状態。
いったいNHKはどういう意図で番組編成を 行ったのかな?
基礎編は一週間ずっと基礎編でやっててよ! というのが超初心者の本音である。
ま、イタリア語はまだまだマイナーな存在な ので別の時間枠を設けることができない、と いうことかな?と勝手に判断しております が?

さて、8日間とは言え、なかなかに難しく なってきましたね~・・・
予想通り、連日「男性名詞」「女性名詞」に悩まされて いるのだ。
動詞の活用は無論、形容詞も変化する。
しか もイタリア語の形容詞は基本的に名詞の後ろ だって!
白い鞄 ⇒ la borsa bianca となるそうな・・・・ 仏語や独語はどうだっけ?
少なくとも私は忘 れている。
ま、いっか、そういうものだと素直に受け入 れるしか無さそうだ。

さ、次は今までの「基礎編」をテキストなし で復習しようと思う。 できるだけ、文字に頼らず、耳で聞いたこと だけで、反応できるようにしたい。
同じく9日間程度で納得のいく復習ができれ ば5月分に進む予定。

新しい武器も登場している。 数年前に購入した電子辞書にイタリア語が 入っていたのを思い出したのだ。
もちろん、旅行用に買ったのだが、正直あま り使ってはいなかった。
相手が居る局面で、しかも時間の制約もある 状況下では、こういう武器はなかなか使えない。
つまり、戦国時代の戦の現場で、大砲・鉄 砲の類は予め準備され狙い定めて撃つという 点においては大きな成果を上げるが、兵と兵が接近する局面になれば所詮鉄砲は役に立たない。
つまり機動力という点で刀に劣ってい たということだ。
言いたいのは、まだIT機器は戦国時代の鉄砲なのだ。(もう少しなのだが・・・)
確かに音声入力して他言語に変換する機能も あり昨年は実際に使ってみたが、ボロ・スマ ホということもあってか、そのレスポンスに イライラしないではなかった。
しかし、学習には電子辞書は役に立つ!

だから私のベッドでは、iPad/Androidスマ ホ/電子辞書が並び、就寝前の学習で大活躍 をしている。
今や大活躍! CASIO EX-word 伊和辞典

2013年6月23日日曜日

乙川優三郎 著「花映る」(短編集「闇の華たち」より)

久しぶりに乙川優三郎の本を読んだ。

たまたま、書類の整理をしていたら、その中に埋れていた。
手にとってパラパラと捲ってみると、確かに読んだ記憶のある作品もあれば、全く新たな出会いを感じさせる作品もある。
どうやら、読んでいる途中で書類近くに置き忘れ、何時の間にか埋れてしまったのだろう。
短編集を読む時、しばしばこんな事になる。
長編ならきっと「置き忘れた」感に急き立てられ、何ヶ月も何年も放っておけるわけない。
再発見したのが乙川優三郎の作品だったというのも、大いに頷ける。
これは氏への賛辞である。

彼の描く世界は時代小説という形を借りた現代小説だと思う。
主人公はおよそ生真面目であり、ひたむきに生きている。
そこには奇想天外な物語があるわけでもなく、ヒーローの存在に胸踊らされることもない。
しかし読み進めるうちに、いつしか主人公の心に同化してしまう。
氏は「苦悩を描かない小説などあり得ない」と発言したらしいが、実際、彼の小説に登場する人物は苦悩するのだ。だから、氏の作品は暗いという人は多いだろうと思う。
しかし「苦悩の無い人生などあり得ない」し「苦悩の無い人物など、居たとしても付き合うに値しない」のだから、知らぬうちに主人公の人生を「心の動き」という一面において共に生きることになる。
しかし氏の作品は苦悩だけで終わることは決してない。
最後には僅かではあっても、将来への光明を指し示し、地道に生きることの尊さを決して押し付けることなく、そっと置いて行く。
数十頁の短編とは言え、読み終えた時には、そっと本を閉じ瞑目して主人公のその後の人生に想いを馳せるのだ。あと一頁めくれば次の物語に入っていける事は分かっているが、私にはそんな勿体無い事は到底できないのである。

長い言い訳のようになってしまったが、「花映る」は案の定二度目だった。
物語としては、不本意に死んでしまった友の仇討ちであり、これから始まるかも知れない、未亡人と共に生きる人生だと言えば良いだろうか。
ただ、人を斬ることの不快感、自分の愚かさへの嫌悪、これらの心の動きが妙にリアリティを伴う。

私は時代小説を読む時、必ず藤沢周平と比較しながら読み進める。
他の作家の方々には甚だ失礼な事だと承知しているが、私にとって藤沢周平は特別な存在であり、彼を越える作家は後にも先にも出てこない。
藤沢周平が亡くなって久しいが、その穴を埋めようとして様々な小説家の作品に接してきた。乙川優三郎もその中の一人である。
藤沢周平という作家は実に幅の広い作家であり、コミカルで軽妙な表現から、息を飲む一瞬の心の動きを無駄のない言葉で語ることまで、右に出る者のいない巧みさを持っている。
乙川優三郎はそのうちのシリアスな心理描写と緻密な表現という面において、藤沢周平の後継者というに充分過ぎる程の筆の力を持っていると思う。

私と同じ1953年生まれといことも、身勝手な親しみを感じさせる要因かもしれない。