2014年5月4日日曜日

還暦爺さんの冒険旅行 ~3~ ポンペイ&ナポリ・ツアー

朝の5時半にアラームをかけ、6時35分のお迎えに間に合わせなくてはならない。
今日のツアーは全額(ランチ込み)支払い済みなので、取り敢えずお金の心配は不要。

待ちかねてホテルの外で待っていると、小さなバンが停まり日本語で「おはようございます!」と挨拶が。

妻と共に乗り込むと、イタリア人ドライバー、日本人ガイド、更には日本人客二名が車に乗り込んでいた。
お客は二人ともご婦人。

共和国広場にある「My Bus」の営業所に到着し、他の送迎車の到着を待つ。
続々と入ってくる日本人!
どこに、こんなたくさん日本人が居たの?というのが実感。
My BusはどうやらJTB系の旅行会社らしい。

到着を待つ間にも、妻は同年輩の単独行ご婦人(A女史)と話し込んでいる。
このA女史、いつも一人で海外旅行を決行しているらしい。
大阪から来ているらしかったが、「朝日サンツアーズ」で来ているとか。
なかなかマニアックなツアーがあるのでお気に入りらしいが、お一人様参加の為、安からぬ追加料金を払っているらしい。さもありなん。
妻と二人で「卒婚?」などと、既に大いに盛り上がっていた。

さて、メンバーも揃い出発。
スタッフを除いて、ローマからは12人の旅立ちである。
メンバーはこのような顔ぶれ

  • 私より5歳程度上のご夫婦
  • 私より10歳程度若いご夫婦
  • 母と息子
  • A女史
  • B女史
  • C女史
  • D中年男子
  • 私達二人

途中、ナポリから三人合流するので、最終的には15人となるそうな。

本当にローマ市内の小ささを実感すべく、10分も走ればローマの城壁を抜け郊外に出る。
郊外に出れば、すぐに田園地帯が広がる。
ローマ市内を出ればこんな田園風景

バスの中では日本人ガイドである大場さん(男性)の名調子が弾む。

  • 大方のイタリア人は都会のアパートに住んでいる
  • 普通の人は郊外に別荘を持っている
  • 週末・休日は郊外の別荘で過ごす
  • 5/1メーデー、昨日・今日の週末と続いたので郊外から帰る車で帰路は混む
などと説明を受けながら車は緑の中を進む。
  • イタリアの国土は日本から四国を除いたくらいの面積
  • 人口は日本の半分(6千万人)
ゆったりしているはずである。
今、日本では少子高齢化が大きな問題になっているが、それは急激に人口が減ることが問題なのであって、ひょっとして人口が半分程度に落ち着いた後は案外快適な社会になるのかも?などと考える。
採石場。イタリアの建物は良質な石に支えられている。


高速道路がアッピア街道と交差する。
綺麗にイタリア唐笠松が並んでいる。
大場さんの説明によれば、日本の東海道に植えられた松と同様、日除けの為に植えられたとのこと。雨除けにもなっている。
日本と違うのはその街道を馬車が走ることを前提に考えられているので、松の下枝は切り払われているのだそうだ。

憧れのアッピア街道


ベスビオ山を左に見てバスはナポリ市内に入る。
ベスビオ山

ローマも大概汚いが、ナポリはそれ以上。
まるで街全体が大きなゴミ箱のようだ。
大場さん曰く「ローマも含めて北アフリカですからね~」

昔からイタリアの南北問題はよく語られるが、街の様子を見ればそれは一目瞭然。


ナポリ市内


ナポリにもガレリアがありました。



追加の3人を拾い、カメオ工房で時間を費やす。
カメオで作られたランプシェード

カメオは貝の層を利用して作る

昼食はポンペイ遺跡にほど近い団体様向けリストランテである。
居るわ、居るわ!アメリカ人、中国人、韓国人、日本人・・・全部団体。
正直、日本人がこんなにイタリアに来ているとは思っていなかった。
何せ私達は個人旅行をしているので、イタリア来ても日本人と出会うことはめったにない。
名古屋からヨーロッパの都市でトランジットするまでは結構居るのだが、トランジットした途端、日本人はどこかに消えてしまう。
今の日本人客は団体にしてもこじんまりとし、個人旅行が増えているのだと思う。
それに比べ中国人は老いも若きも団体パワー全開である。韓国人も団体が多い。
アメリカ人は若い人たちは個人旅行。中年以降の人たちは団体が多い。
とにもかくにも、今日は日本人に囲まれて(昨日はあんなトラブルがあっただけに)実にホッとしている。

食事はナポリのピザということで期待もしていたが、前宣伝ほどでは無かった。
団体向けリストランテでは無理もないか?

さていよいよポンペイの遺跡である。
外壁からこの街が海辺の町であったことが窺える。今は相当内陸なのだが・・・・
この街が豊かだったのは、ここが貿易拠点だったからであり、ナポリが貿易都市として発展するのはポンペイが消滅した後である。
常にガイドさんに近い場所を確保します。両端は達人B女史、C女史。

遺跡の入り口を抜けると

円形劇場


ガイドの大場さんとも段々親しくなり、彼が説明を始まる前に私が突っ込みを入れるので「今から説明するのっ!」とたしなめられる場面も何度かあった。

横断歩道


権力者の館

この写真はよく見ます。飲み屋ですね。


特に印象に残ったのは、お風呂の説明があった時。
ローマ人がお風呂好きなことは、今や映画で誰でもが知っていることだが、ポンペイにもその公衆浴場はあり、屋根を除いては全てが残っている。そしてその壁が二重構造になっている。
お金持ちの家もそうだが、当時から壁が二重構造になって床暖房、壁暖房が施されてあったということである。
日本が同時代を弥生時代と呼んでいたことを考えると・・・・・
脱衣室。両側の棚はロッカー。

二重構造になっているのがわかる


娼館にも驚いた。
畳2畳程度の個室に石のベッド。マットはどんな素材が使われているかは聞かなかった。
壁にはいわゆる「春画」が掲げてあり、その色彩も失われていない。
笑ってしまったのは、その娼館のアイコンである。
性については実におおらかだったのだそうだ。
厳格になったのはキリスト教以降とのこと。
なるほど・・・・日本も江戸時代以前はかなり大らかだったようだから。

リアル!

石のベッド



これが娼館のアイコン。全員が吹き出した。ここまでしなくても・・・

メインストリートには娼館の方角を示すアイコンまでが・・・アイコン?商魂?

パン屋も何軒かあった。
粉をひく石臼とパンを焼く窯が残っている。
その窯が、今のピザ屋の窯と全く同じなのには驚いてしまった。


今の窯と全く同じです


手前は石臼。奴隷がひくのです。



上水道が完備され今もその鉛管が残っている。弥生時代に上水道って?!
玄関のモザイクが綺麗に残っている


出口に近い館では一室を説明された。
壁全体に赤い絵が何枚か描かれてある。
少女がやがて男性と結ばれて一人前の女性になっていく様子が極彩色で描かれてある、と大場さんは解説していたが、この絵画の意味については諸説あるそうな。

何のためにそんな部屋が?
なんとも分りません。
別の旅行パンフレットをみたら、この建物「秘儀荘」というのだそうだ。ま、後付けでしょうが。








ローマのフォロ・ロマーノが政治的な中心地であったことと比べ、ここポンペイは人々の生活の場であり2千年前の人の息遣いすら感じられる。
本当に来てよかった。
ポンペイの遺跡が発見されてから400年。
相当ダメージを受けているようで、雨風、盗難にさらされているそうだ。
大規模な修復と盗難防止対策には莫大な費用が必要だ。
世界遺産だらけのイタリア政府も頭が痛い事だろう。

このツアーで参加メンバーとも適度な距離感を保ちながらコミュニケーションできたのも楽しかった要因かもしれない。
何と言っても驚きはご婦人単独行だ。
先に述べたA女史は団体ツアーで来て、オプションとしてこのポンペイ・ツアーに一人で参加している。

B女史はもっと凄い。「私、絶対に一人でしか来ないから!」と言い切る。
以前、友人と旅行してひどい目に逢ったから、とのこと。
友人の我儘に我慢できなかったそうな。きっとご本人の我儘もあったろうが・・・・
如何に仲の良い友達でも一週間以上も24時間一緒に居て、しかも逃げ場もない。
それに懲りて、以降は一人旅に決めたとのこと。
しかもツアー便乗型ではなく、私達と同じくエアーからホテルまで自分で全てを手配して来ている。荷物もリュック一つだけなのだそうだ。
下着類も予備は1セットのみで毎日バスルームで洗濯すれば翌朝には乾いているからとケロッとしている。
着替えは薄手のものを何枚か用意し、寒い時にはそれを重ね着をする。
どうみても私より年上だ。
荷物の少なさには敬服した。見習わなければ!

C女史も私と同世代のようだったが、平気で他の外国人客に話しかけている。
どうみても旅慣れている。
3人のご婦人に共通しているのは、中高年であるにも関わらず、スリムでパンツ姿がよく似合う。
柔らかく歩きやすそうな靴を履いて、頭には帽子、リュックを背負って身軽に歩き回っている。
そして、何より見事なのは他人との距離と取り方である。
もちろん、拒絶もしないし、妙にくっつきもしない。
恐らく、何度かイヤな目に逢った過去が彼女らをそうさせているのだろうが、それは実に見事である。ただただ敬服。

ピンボケだが向こうに見えるのがカプリ島
帰りのバスは全員寝たり起きたりで、途中の高速道路で渋滞があったものの、ほぼ予定通りにローマに到着。
楽しい一日であった。








2014年5月3日土曜日

還暦爺さんの冒険旅行 ~2~ ローマ市内観光と事件勃発!

昨日の移動疲れを癒す為、ゆっくり朝食をとり11頃に出発。
今日の目的地はジェズ教会。日本にもお馴染みのイエズス会の本拠地である。

地下鉄B線でコロッセオまで行き、そこから歩いて行く予定だ。

ホテルを出る頃にはぐずついていた天気も、コロッセオに降り立った時にはすっかり晴れ上がっていた。

きっと、その頃には既にあの大トラブルは発生していたのだろう・・・・
妻の時計が無くなっていたことに気づいていたからだ。
ただその時には、バッグに繋いでいた腕時計のバックルが緩んで落ちてしまったのだろう?ぐらいに軽く考えていたのだ。

歩行者天国になったフォーリ・インペリアーリ通りを、フォロロマーノ沿いにヴェネツィア広場を目指す。



何度通っても好きな風景が両側に広がっている。
カエサルが、アントニウスが、オクタビアヌスが、そしてあのクレオパトラがそこに居たのだと想像するだけでワクワクする。




やはりフォロロマーノを俯瞰したくなって市庁舎裏に登ってフォロロマーノやコロッセオ、パラティーノの丘を一望に眺めてみる。


カンピドーリオ広場を抜けて一路ジェズ教会に。
ところが、着いてみると扉は閉まったまま。
よくよくガイドブックを見れば午後は16時から。トホホ・・・・

時間つぶしのつもりでヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世記念堂に。
どうやらエレベーターで屋上まで行けるらしい。

ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世記念堂


流石に眺望が素晴らしい。ローマ市内が一望のもとに眺められる。
サン・ピエトロ大聖堂もしっかり見える。

左にサンピエトロ大聖堂、右にサンタンジェロ城

フォロロマーノの向こうにコロッセオ




ナッツィオナーレ通りの向こうには共和国広場とサンタマリア・デッリ・アンジェリ教会


ヴェネツィア広場からまっすぐ延びるコルソ通り

サンピエトロをバックにしたカモメ君

堂々とポーズをとるカモメ君


こうして眺めてみれば、案外ローマの街もそれほど大きくはない。
一羽のカモメが人懐っこくポーズをとっていた。
ローマが海に近いことを感じる。


中屋上のカフェテリアで不足がちな野菜を補った後、サンタマリア・イン・アラチェリ教会を見学した後、再びジェズ教会に向かう。

サンタマリア・イン・アラチェリ教会


サンタマリア・イン・アラチェリ教会から眺めたカンピドーリオ広場



ジェズ教会に行く前に、ぶらぶら写真を撮った。
白い棺桶というのも分からなくはない







ジェズ教会、今度は扉の前には人だかりができていた。

ジェズ教会

ここには私たちにもお馴染みのフランシスコ・ザビエル、そして一緒にイエズス会を創設したロヨラが祀られている。






ザビエルは日本での布教の後、中国に渡り上海で亡くなっている。
彼の右手がローマに持ち帰られた、とは聞いていたが、それがここに安置されているらしい。
ホントに?

ちょっとショックです

ジェズ教会内部は清貧なイメージのイエズス会とは思えないほどの豪華な作りになっている。
きっとザビエルも天国で苦笑いしているに違いない。

美しいとしか言いようもない

ステンドグラスも綺麗です

一室では絵画の修復作業をおこなっていました
離れがたい美しさ

静かな中でゆっくりと過ごした後は、トラムに乗ってみようということになった。
ローマでのトラムは初めてだ。
ヴェネツィア広場から出ている行き先不明のトラムに乗り込んでみる。
駅名を辿ってみるとこの電車はトラス・テヴェレ地区(テヴェレ川に向こう側)に向かっているらしい。
一度は行きたいと思っていた場所だ。
観光地の雰囲気はやや薄れ、少し生活感が漂う街が面白い。
適当に降りた近くには文部省があった。
イタリア文部省



逆方向のトラムに乗ってカステラーニ広場まで戻り、サンタマリア・イン・トラステヴェレ教会を見学。



ここは全くの「No Photo」なので残念。
サンタマリア・イン・トラステヴェレ教会前ではチターを取り入れた生演奏
驚くほど上手い!イヤになる

教会を出るとまた雨だ。
しかし、ローマ中に植えられているイタリア唐笠松は凄い!
帰りのトラムを待つ間にも雨は降っていたが、この唐笠松は雨を全く通さない。
もちろん降りの程度にも拠るだろうが、少々の雨なら完全な雨除けになってくれるのだ。

テルミニ駅行きのバスも通っていることを発見し、帰りは直接バスでテルミニに帰ることにした。
やはりテルミニ駅周辺は何かと便利である。
行きは、路線が複雑でバスに乗ることは非常に難しいが、帰りはテルニミに行く路線は多いからだ。

テルニミに戻り、昨年行ったレストランで食事をしようとしたが、風が吹いて少々涼しすぎる。
今日はそこは諦め、部屋に戻って作戦を練ることに。
その前に、お馴染みSPARで水とワインを買って、精算しようとした時に、それは発覚した。
私の全てのクレジットカードを入れた財布がバッグの中から消えている。
ただでさえ、出しにくいと思っていた財布が、である。
もちろん、とっさには信じられなく、バッグの中を何度も繰り返し探したが見当たらない。
二人とも冷や汗をかきながら、キャッシュで生産を済ませ、ホテルに戻った。

もう食事どころではない。

思い当たるフシが無かったわけではない。
朝、地下鉄に乗る前、チケット・オフィスで一日乗車券を買おうとした際に、財布から複数のクレジットカードを落としてしまった。
即座に拾い上げチケットを購入。
その後、落ち着いてオフィス内のベンチに座り、手に持っていたクレジットカードを財布に収め、その財布をバッグの奥に仕舞い込み、バッグのファスナーを閉めた。
しかも妻が見ている前で、一つ一つの動作を確認しながらである。
しかし、この一連の動きを観察されていたのかもしれない。
妻の言によれば、その後、地下鉄で軽く私にぶつかった人が居て、その時に笑顔を返してきたイタリア人が居たらしい(私には覚えが無いのだが・・・・)。

まだ旅行も初日である。
クレジット・カードの盗難に関しては金銭的な保証があることは分かっていたが、問題は幾つかあった。
日本での運転免許証、健康保険証も一緒に入っていた。
ホテルの宿泊費はローマ以外は現地払いとなっている。

問題① ~宿泊代を含めたこちらでの生活費をどうするか?~
ホテル代、食事代は予想がつくものの、高速道路代、ガソリン代、レンタカーの追加保険費用等がどれほど必要なのか?
昨年の余ったユーロと日本円を足せば何とかなるのか?
まあ、節約していけば何とかなるだろう、と踏んだ。
しかし、できれば日本円からの両替なんぞしたくない。
両替屋の手数料たるやバカらしいにも程があるからだ。
私は必要なキャッシュはカードでキャッシングをすると決めている。日本に帰国後即刻返せば手数料はほんの僅かで済む。
あー、バカ高い手数料を取られるのか!!

問題② ~国際免許証だけで運転しても良いのか?~
これについてははっきりしていなかった。
経験者のブログを読んでいて「日本の免許証も求められた」という人も居れば、「国際免許証だけでOK」という投稿もあったからである。

救いは妻のクレジット・カード一枚だ。
ただし、妻は一度もキャッシングをしたことがない。ということはカードの暗証番号を知らないということである。

iPadでカード会社の電話番号(イタリア国内のコレクトコール)を調べ出したが、このぼろホテルめ!
外線は使えないらしい。
やっぱり三ツ星ホテルではダメか?
後で聞けば、昨今は携帯電話が普及しているので、ホテルの電話では外線が使えないケースもまま有るらしい。
そんなこたぁ、Expediaにも書いてなんもん!
次回以降は必ず四つ星以上にすることを決意!

取り敢えず、携帯で保険会社に電話をし相談をし、
・クレジットカードの不正使用は保証される。
・保険対象は財布、時計の費用と免許証の再発行手数料。
・応対者の個人的な経験から「国際免許証さえ持っていれば大丈夫でしょう」
という事を確認し、少し気持ちを落ち着けた。

何と言っても明日は、楽しみにしていたポンペイ・ツアーである。
朝も早いぞっ!
気持ちを切り替えて寝るとしよう。





還暦爺さんの冒険旅行 ~1~ 出発から到着

出発 6時に自宅を出発し、6:40には空港駐車場に到着。

初めて駐車場予約をしておきましたが、1000円の予約料の価値は十分にある。
H棟3階というベストなロケーションはエレベーターで上がれば、そこはアクセス広場。
 
WiFiルーターを借りるのも、バウチャーを印刷してきたお蔭で、全くの手前要らず。事前準備の勝利である。

 ルフトハンザのチェックインも早かったのが幸いしてか、37列目の座席を16列目に変更してくれた。昨年の同じ便でトランジットにやきもきしたことを若干大袈裟に訴えた事が功を奏したに違いない。

不必要な程日本円を持ってきてしまったので、空港にある銀行の口座に入れておこうと思っていたが、忘れてしまった・・・・・・その時は「まずいなぁ」と思ったものだが、後々、これには心救われる羽目になる。

では出発!


もう私たちはチェックインを済ませている



・・・・・・・・・・・・

あと二時間半でフランクフルト。映画も二本観たけど疲れた。
軽食で出された『鮭のおにぎり』が美味しく、周囲のドイツ人達にも人気。開封に手間取っていたけど、若い連中は追加で貰っていた。
昔は海苔なんてヨーロッパ人には忌み嫌われてたのにねぇ~変われば変わるものだ。

・・・・・・・・・・・・

フランクフルトまで一時間。
日本時間の午後9時。
粗末な夕食だったが頼んだドイツビールが美味しかった。
流石に本場である。
さっき飲んだワインより数倍美味しかった。ルフトハンザの時は、これからはビールだ!


さあ、ようやくフランクフルトに到着

やはりフランクフルト空港はバカでかい!
去年の教訓を生かしベルトサイン消灯後即座に出口めがけてダッシュ!
扉が開くと同時にボーディングブリッジを競うように早歩き。
結構そんな人が多いのだ。
どこに在るのかは全く分からないが標識を頼りにA09ゲートを目指す。
動く歩道に助けられながらも1km以上歩くと次は電車に乗り一駅。
ボディ・チェックと入国審査の後は空港特有の華やいだ雰囲気。
ホッとするのもつかの間、A9ゲートは未だ未だ先。
エレベーターでグランドフロアに降りて今度はバスに乗車。
空港内バスの待合室。中国人団体客がたくさん


予定離陸時刻の10分前に飛行機に搭乗した頃にはとことんヘロヘロ状態である。
フランクフルトでは、順調にいっても一時間半の乗り継ぎ時間はギリギリなのだ。
しかし、考えてみれば、非常に効率的であることも確か。

20分遅れで離陸した機上では、何と生まれて初めて『飛行機のブロッケン現象』を見ることができた。雲に機影が映ることはよくあるだが、その周囲に輪になった光が見える。まるで後光がさしている、といった状態。 少しばかりの幸運を感じた一瞬。
わかるかな?
引き続きビールを飲んでいると、飛行機は下降を始め、イタリアの田園風景が見えてきた。
今回はこの田園風景の中を走るのだ。
今度は瓶ビール。さっきの缶ビールの方が美味しい!
イタリアの田園風景。天気はイマイチ。

ローマの空港はフランクフルトに比べたら『田舎の空港』って感じ。
でも実際に降り立つ人の数は比較にならない程ローマが多いんだろうな?と思う。

空港から電車でテルミニ駅に向かうのは初めて。

列に並んで切符を勝ったまでは良かったのだが、イタリアにしては珍しく改札ゲートがある。
どうも切符のバーコードを読ませるとゲートが開く仕組みらしい。
ところが何度試みても無反応。切符を縦にしたり横にしたり、裏にしたり(裏にもバーコードが印刷されてるのが余計に不安を駆り立てる)してもビクともしない。

開きっ放しのゲートもあるのだが、以前、打刻し忘れて車内で検札に遭い再度運賃を全額支払わされた経験がある私は、簡単に誘惑のゲートには近づくことはしないのだ。
私達と同じく戸惑っている外国人ツーリストもいる。
職員らしき人に切符を見せると、何と、その開きっ放しのゲートを通れとジェスチャーで示す。
はあ?じゃ、何の為のゲートなん?何の為のバーコードなん?
ただ、私達とは大きさの異なる大きさの切符を持った人がバーコードを読ませて入っていったシーンも見ているので、必ずしも故障と言うわけでもないのだろう。
不納得のまま打刻をし、無事に電車の席も確保。わけ分からん!

往路も最終行程。
走り出した車窓から初めて、雨が降っていることが分かった。
問題がまた一つ。
ホテルはテルミニ駅の近くに予約し駅から歩いて行こうと思っていたわけだが、雨では困る。
こんな事ならやっぱ空港からタクシーて行った方がマシたったかなぁ?
7ヶ月ぶりのテルミニ駅に到着!
雨は降っているが、降りはそれほどでもない。
ガーミンは駅構内ということなのか、上手くGPSを捕捉することがてきないので、スマホのGoogleMapでホテルの場所を確認し、傘を大きな荷物から引っ張り出して往路最後の行程に出発!
思っていた以上にボロいホテルだったが、無事到着!!
ホント自分にご苦労様と言いたい。

部屋は清潔感があり良かった良かった。
長い長い1日が終了した。

2014年4月30日水曜日

海外旅行保険について

明後日からの旅行に絡み「海外旅行保険」を検討しました。

今までは短絡的に、傷害死亡保険金をベースに「う~ん・・・保険料がこれぐらいだから、これで行こう!」的に決めていました。
ところが、今回は89歳になった義母のことが気掛かりになり、ちょっと真剣に検討を始めたのです。
年齢的な事を考慮すれば、もはや何が起こってもおかしく無い状態。
しかも、昨年末には「腹部大動脈瘤」の診断もされています。年齢的に手術もできません。

かと言って、そのことばかりを気にしていたのでは、こちらも年老いてしまい、海外旅行(しかも個人旅行)を遂行できる状態ではなくなってしまう可能性だってあります。私だって、いつ何が起こっても不思議ではないのです。

保険代理店に直接コンタクトをつければ、所謂「キャンセル保険」はあるのかも知れません。
しかし、手間と保険コストを考えれば、インターネットで契約する以外には考えられません。
答えは案外簡単に入手できました。
「保険市場」というサイトで「保証で選ぶ」タブを選択すると、11社の保証内容が一覧で見る事ができるのです。 何とも便利な・・・・
一社だけ、こちらが望むようなオプションを持っていました。
「ジェイアイ障害火災」という保険会社の「t@biho」という商品では「旅行キャンセル特約」「旅行中断特約」を選ぶことができるそうです。
「旅行キャンセル特約」の適用条件を調べてみると、
「・・・・または被保険者等の配偶者もしくは親族が死亡された場合または危篤となった場合・・・」
オー!あるじゃん!それよ、それ!!

いつも私はネットで安い航空チケットを入手しているので、変更はおろかキャンセルすらできません。いわゆるエコノミーでも一番安いヤツですから、全額没収!
だから、いつも「義母に何かあったら・・・何十万かをドブにすてるしかない(不謹慎ながらも)」と思っていたのですが、このオプションがあれば、旅行直前に万が一の事があっても安心です。
このオプションには
「被保険者等に官公署の命令、外国の出入国規制または・・・」
なんてのも入っていました。 これは逮捕されたりした時も有効なんでしょうか?

「旅行中断特約」も同じような条件ですが、こちらの場合、万が一の場合には片道をドブに捨てるだけじゃなく、現地で新たに航空券を手配しなくてはなりません。
勿論、両オプション共に、限度額が設定されていますから全額保証されるとは限りませんが、それでも大助かりです。

しかもこのオプション、高くは無いのです。
11日間のヨーロッパという条件で、「キャンセル特約」が800円強、「中断特約」で200円強でした。

この保険、通常の保証内容(死亡・治療)には幾分不安があったので、オプション以外は最低保証内容にして、通常保証はもう一社別の保険会社で充実させることにしました。
全体としてはいささかコストアップになりましたが、万が一の事を考え、良い選択だったと思います。


しかし調べている途中で色んな情報に巡り会いました。
「保険なんていらないんじゃね?」という人も結構居たのにはビックリ!
「海外旅行保険なんてクレジットカードに付いてるじゃん!それで良いっしょ!?」という人も居ます。
勿論、個人によって事情も考え方も異なるのですが、一般的に考えれば、クレジットカードに付帯してる保険を翌承知した上で、事情に照らし合わせて、それを補う必要が有る場合には別途保険会社と契約するというのが賢明な選択だという私は考えます。
特に、年齢を重ねると旅行先で治療を受ける可能性は高くなって行きます。
知人はイタリア旅行中に脳梗塞で倒れたことがあります。
命に別条は無く、その後もイタリア旅行をしているそうです。
恐らく現地病院で治療を受けたのでしょう。
帰国後、健康保険に請求すれば7割分は戻って来るそうですが、あくまでも日本の一般的な治療金額に基いた7割です。ところが治療費は各国で違います。
盲腸の手術がアメリカでは何百万円にもなるそうで、これでは日本の基準で還付されても全く追いつきません。
だから、治療費は確保しておきたいものです。

話は脱線しますが、一人あたりの医療費、日本は22位ということで、先進国の中では相当低いんだそうです。ダントツは言わずと知れたアメリカです。医療費がGDPの15%なんていう情報も有ります。「医療費がGDPを牽引しているんだ」という話も有ります。
しかし医療費がGDPを牽引している社会と、予防医学が進んで医療費が抑制されGDPの成長も大したことはない社会と・・・どちらが幸せ?なんでしょうか?
アメリカの自己破産の6割は医療費が原因だとも言われています。

あー、すっかり話がズレました。元に戻します。
ということで、実は所有しているクレジットカードをくまなく調べてみました。
一枚を除いて、ハズレばっかりでした。ハッ!ハッ!ハッ!笑っちゃいますよね。
「保険サービスは終了しました」とか、過去には付帯していた海外旅行保険サービスも止めてしまったり「悪化」させているカード会社も多いようです。
まあ、年会費無料なんてカードは期待できませんね?

そんな中、初年度年会費無料、次年度以降は一度でもお買物すれば年会費無料で、比較的充実した海外旅行保険をつけているカードがあります。
もちろん2014年4月現在の情報という限定ですが、 オリコiB(iD X QUICKPay)(VISA)というカードがそれです。持ってて損はないかな?

あ、念の為言っておきますが、私は保険会社の手先ではありません、ましてやオリコから宣伝費を貰っている訳でもありませんよ!!

私のように海外旅行に行きたいけど不安を抱えて・・・という人の一助にでもなればと思っています。




2014年4月28日月曜日

還暦爺さんの冒険旅行計画

あ、もう61歳ですから「還暦」は過ぎてたっけ・・・・

でも、まぁとにかく爺さんにとっては大冒険旅行を計画しました。

またまたイタリア旅行です。
しかし、今回は今までとはいささか趣が異なり、レンタカーを駆って「トスカーナ」を巡るのです。
これは爺さんにとっては大いなるチャレンジであります!
荒俣宏先生の手記などに刺激され、密かに「次はドライブ旅行だ!」とは思っていたのです。
ただ、それがいつ実現するかは全く不明でした。
時間もお金も無い身の上ですから、思い立ったからと言ってホイホイ実現できる訳ではありません。
早くて秋かなぁ・・・?来年かも?
とのんびり思っていたのですが、3月の末に何となく航空会社のサイトを訪問して料金を探っていたら、ゴールデンウィーク真っ最中の5月2日が、ポッコリ安いということに気付きました。
航空会社によっては運賃も相場のように日々刻々変化しているので、タイミングが非常に大切です。
しかし、私は俄然その気になってしまいました。

残念ながら航空会社直のチケットはSold Outでしたが、旅行会社を含めて探していたら・・・・
有った!有った!
e-tourという旅行会社から納得の値段で購入することができました。
ということで、今月初めにチケットを入手。

それからが大変です。
お陰で、今年は桜を観に行く企画なんぞ、どこからも湧いてきませんでした。
あらためて情報収集に始まり、旅行計画の立案、ホテルの予約、国際免許証の取得、レンタカーの予約、現地で使うカーナビの購入、現地で使うWiFiルータの予約、保険申込み・・・・・忙しっ!
ホテルだって今回は駐車場の有無(しかもタダ)を確認しながらなので、結構面倒なのです。
それにカーナビにはホテルの所在地くらいは事前に登録しておかなくてはいけません。
事前情報ではGoogleマップでポイントした場所を簡単にナビ(ガーミンと言います)に転送・登録できるはずだったのですが、全然上手くいきません。
Googleマップが新しくなったのが原因らしいです。
結局、ガーミン自身でホテルを検索して登録する羽目に・・・これが結構メンドクサイのです。
一旦、現在地をイタリア国内にしないといけません(分かる?分んないよね?)。
挙句、検索しても出て来ないホテルもあったりして、怒れるやら焦るやら・・・そんな時はGoogleマップで緯度・経度を割り出し、それを登録するのです。
あぁ、結構地道な作業!!
ガーミンの画面(ローマ郊外をシミュレーション走行中)
でも、今回はこいつが頼りです。ガーミン君、頼むよ!!

旅程はこんな感じになりました。

5/2  朝のルフトハンザ便でセントレアを飛び立ちます。
       去年の秋と全く同じ便です。
       フランクフルトでトランジットしてローマに着くのが現地の夕方になります。
       フランクフルトでの乗り換え時間が1時間半。前回はギリギリで焦りましたね~
       ・・・まあ同じ航空会社なので置いていかれる事はないと思いますが、それでも猛ダッシュ!

5/3  ローマ観光です。
       何度行ってもローマ大好き!
       前半の日程をローマで過ごすのには少々訳が有ります。
       昨年同じ頃にイタリア旅行をしていたM税理士は往路でロストバゲージになってしまいました。
       荷物が到着したのは翌日。一晩は機内持ち込み荷物だけで過ごさなければならなかったそうです。
       そんな経験談を聴いてから、到着後直ぐに別の土地に移動する日程は避けた方が良い。
       最低限の生活品は機内持ち込み荷物に入れて持って行くべし。
       そんなことを学習したのであります。

5/4  現地ツアーに参加します。
       ポンペイとナポリにバスで連れて行って貰います。
       日本語ガイドさん付きということで、ちょっと嬉しい!
       ナポリは治安が悪いということで、とても個人旅行で行こうという気になりません。
       まぁ、このツアーでもナポリ市内はバスの中から街を眺めるだけのようですが・・・・
       ポンペイはやはり日本語ガイドの説明が有った方が良いよ!という情報がありましたので。

5/5  ローマ観光。

5/6  フィウミチーノ空港まで電車で行き、そこでレンタカーを借ります。
       空港で借りるのは市内走行を避ける為。
       さぁ、いよいよ冒険旅行の始まり!始まり!
       高速道路でアッシジに向かいます。聖フランチェスコに触れてきます。
       アッシジはウンブリア州ペルージャ県ですが。
       ホテルからの眺望がメチャ良さげです。

今回のドライヴィング・コース
5/7  コルトナに向かいます(ここから実際にトスカーナ州に入ります)
       この街は、ちょっと前に見た古いアメリカ映画がきっかけです。
       ここもホテルからの眺望最高(らしい?)
       イタリアの古い街は殆ど防衛の為に丘の上にできています。
       だからどこも景色が良いのです。

5/8  シエナに向かいます。途中余裕があれば アレッツォにも寄りたいと思っています。
       シエナは21年ぶりの訪問です。

5/9  サンジミニャーノに立ち寄り、その足でピエンツァに向かいます。
       周りは憧れのオルチャ渓谷!
       写真いっぱい撮りたいなあ!

5/10  ローマに帰りますが、できれば途中チヴィタ・ディ・バーニョレージョに立ち寄りたいものです。
        ローマでは空港近くのホテルです。

5/11  朝の便で帰国の途につきます。

5/12  朝セントレアに到着。

さて、予定通りに行くでしょうか?
爺さん、結構緊張してるのですよ。
左ハンドル、上手く運転できるかなぁ?
ロータリー(Round About)上手く入って出られるかな?
駐車場は見つかるかな?

とにかく安全運転ですね。

2014年4月16日水曜日

gacco 報告

初めての gacco「日本中世の自由と平等」一回めの講義を聴き終えました。

約10分間の動画(先生の講義)が9本用意されていました。
今回はイントロっぽい感じで、
・歴史は科学である(何故なら必ずウラが取れていなければならない)
・日本は世界に類を見ない数の古文書が残っている
・ 二倍史学
という話が特に面白かったです。

「二倍史学」という言葉は初めて知りました。
今まで私達は、土地に立脚した人々の歴史が日本史だと考えていました。
また、そういう人々の上に権力者は存在していたのです。
しかし実際の歴史はそれだけではない、ということらしいのです。
考えてみれば「検地」という言葉は我々も良く知っています。
耕作地の広さがその生産高を表現する訳で、時の権力者はそれを把握することが収入の額を知る事になるわけです。
ところが、実際には農業をしながら土地土地にあった商売をしていた人々もたくさん居たようです。
実際に能登半島では、耕作地が広くないのに立派なお家が多いそうです。
調べてみると、能登は日本海を舞台にした交易(北前船もそうかな?)での寄港地になっていて、そちらの収入も多かったそうです。
また武士にも我々が良く知っている「陸の武士」のほかに「海の武士」というのも存在し、彼らは瀬戸内海を行き来する商船を海賊から守り、その見返りとして報酬を得ていた。
必ずしも有名な九鬼水軍とかばかりでは無かったのですね。
つまり、史料を読み解く事で、日本史のボリュームが二倍になる、ということです。
う~ん、納得!
でも、こういう人達って、権力者からすれば税の取り立てはなかなか難しそうですよね?
だから「士農工商」という順番なのかもしれません。

さて、このgacco一回ずつテストがあります。
最後はレポートのようですが、それまでは選択式でその場で得点が解ります。
講義では出てない内容も勿論出てきます。
だから、それをネットで調べるのです。この作業がまた面白いし、知識の幅を広げてくれます。
「東寺百合文書」「島津家文書」なんて知ってます?
ましてや「満済准后日記」なんて知らないでしょ?
でもテストに出るから調べるのです。

テストの提出は2回チャンスがあります。
1回目の提出ではアチャーッ!一問不正解でした。
熟慮に熟慮を重ねた結果、2回目で全問正解!!でした。
やっぱ嬉しいな!
しかし、結果オーライではなく、正直この結果に私は納得していないので、ディスカッションで訊いてみようかと思います。
そう、そう・・・このgaccoが面白いのは、受講生同士でディスカッションできることです。
そのディスカッションには時に本郷先生も加わります。
読んでいると、高校生や、専業主婦、もちろんサラリーマン、リタイヤして時間だけは有ります的なオッチャン・・・様々な人が受講しています。
エラク歴史に詳しそうなツワモノも居そうです。
荒れなきゃ良いけど・・・って、ちょっと心配してます。


2014年4月14日月曜日

学問のススメ

実にクリスマス以来の投稿になります。

やはり一度サボると、ついついサボり癖がついてしまうものです。
言い訳は沢山あるんですよ・・・・大瀧詠一氏が亡くなってショックだった、ネタが無い、ヒマが無い、色々やること多くて・・・
確かにそうなのです。退屈な生活してれば、そうそうネタはありません。
しかし「色々やること多くて」ということであれば少なくとも退屈ではないということですし、その「色々」を書けばよいという矛盾に突き当たる訳です。

なので、今日はその「色々」の一端をご披露します。

一つは、ある日Amazonで角川の電子書籍を大安売りしたことが原因で、20冊以上の本を買い込んでしまい、私は読書の中に漬け込まれてしまったのです。
実は未だに読み終えていない本が積まれて(Kindleの中に)います。
時々Amazonはこういうセールを行うので、実に助かります(書店の人には本当に申し訳ないですが)。
中間報告的に言えば、重松清氏の小説はやはり良いですね。
どの作品を読んでも、読み終えた後に胸に何らかの物を残して行ってくれます。
しかし「疾走」という作品は、残し過ぎと言うほど、残して行きました。

Amazonに関して言えば、願わくば、本の種類をもっともっと増やしてほしいです。
特に売れ筋ではないヤツを希望します。

二つ目の「色々」は勉強です。
勉強などと言うと、何を良い子ぶって!と思われるのでしょうね?
まぁ、話を聴いて下さいな。

後悔の無い人生はありませんが、後悔しても仕方ないのも人生。
私の最大の後悔は、大学生時代にどうしてもっと勉強しなかったか?ということです。
その頃は音楽に夢中でした。
その事自体を後悔している訳ではありませんが、もっと勉強が出来た筈だと思うのです。
宗教学、考古学、心理学、人類学・・・今から考えても垂涎ものの講義が目白押しだったにも関わらず、単に出席単位を取る為だけに講義に出席していました。
あれほど音楽が好きだったのに、授業で聴くグレゴリオ聖歌は退屈で寝てました。

ところが、人生も第四コーナーを回ってから猛烈に勉強したくなりました。
最初に考えたのは近くの大学で開講しているオープンカレッジです。
資料も取り寄せましたが、如何せん時間的な制約があります。当たり前ながら講義の曜日と時間は決められており、その機会を逃せば二度と同じ講義を聴く事はできません。
それでは、仕事をリタイヤしたとしても、かなりの困難さを伴います。

半ば諦めていたところ、目についたのがオンライン学習です。
これなら、時間と場所の制約から解放されると思ったのです。
最初に情報として入って来たのは、東京大学が講義をネット上で公開したというものでした。
素晴らしい時代になったものです。
早速 、ネット検索してみたら、既に様々な大学が同じような取り組みを行っていました。
東京大学オープン・コース・ウェア
その中でで私は現在「137億年の「物質」の旅-ビッグバンからみどりの地球へ(学術俯瞰講義)」という授業を受けています。
いわゆる物理学の講義ですが、2年生までの一般教養課程向けの講義なので、文系・理系を問わず楽しめる内容です。テキストも公開しているので、テキストを見ながら講義を受けます。
普通に学生が受けている授業なので、一回の講義が1時間半と長い為、一度にまとめてそれを聴くことができません。3回ぐらいに分けて聴いていますが、それもオンラインならではのメリットです。
私が知っているのはせいぜい、原子核や中性子までだったのが、今ではニュートリノやらクォークだのという時代です。「CP対称性の破れ」に到っては何のことやら・・・・?
日本人もその分野では小柴先生、南部陽一郎先生、小林先生、益川先生という方々がノーベル物理学賞を受賞しているのはご存知の通り。
せめて先生達が何を研究しているのか?程度は知っておきたいものです。

もう一つのオンライン学習もご紹介しましょう。
これは gacco というサイトです。
ここは最初からオンライン学習を念頭に置いている為、講義後のディスカッションができ、課題の提出もあり、その課題成績で合格点を取ればコース終了後には修了証書も発行してくれるという内容です。
ね?ワクワクするでしょ?
で、私が受講を申し込んだ「日本近世の自由と平等」というコースが今日から始まったのです。
そう、だからこうして投稿を再開したという訳です。
何せ、講師は東京大学の本郷和人教授。
時々テレビの歴史番組にも登場する有名な先生です。
だから、今日の日を本当にワクワクしながら待っていたのです。
10分程度の区切って細かく聴けるようになっているのが嬉しいですね。
今日はまずお昼休みにお弁当を食べながら二つ聴きました。夜にはもう少し聴けるかもしれません。

人間には理系も文系もありません。
好きで興味を持った事柄、知りたいと思う事柄を学ぶことが楽しいのです。
決して点数を稼ぐことが目的ではなく、きっと何の役にも立たないでしょう。
ただ、もっと知りたい、知ることが楽しい・・・

東京大学大学オープンコースで、最初に受け持った宇宙物理学の須藤靖教授の言葉が印象的でした。
「高校生までの勉強と大学での学問は違う。学問とは学びて問うことである。」
まさに、学んでそこから新たな疑問を持ち、だからそれを更に追及する。
こんな姿勢を40年前に持てたなら・・・・というのが私の後悔です。

ここでご紹介したサイト、二つとも素晴らしい内容が豊富にあります。
二百年ぐらい生きる事ができれば、全部受講したい。
興味のある人はぜひ訪れて、受講されてみては如何でしょうか?